このコラムではもう足かけ3年にわたって「技術立国」で生きてゆくべきこの国の現況に警鐘を鳴らしてきた。だから読者の方々にはすでに私の危機感が伝わっていることと思う。しかし、ここまで語ってきたような警鐘と批判だけで「技術立国・日本」の再生の道筋が見えるわけではないことも、私自身、重々承知している。そこでこれからはもっと建設的に、日本のものづくりには今何が必要なのか、何をどう理解し、何を生み出してゆかなければならないかを、できるだけ具体的に語ってゆこうと思う。

 そこで今回はやはり私にとって最もなじみ深い自動車の分野から、最近体験した「生活を共にするクルマとして優れた資質」の例を取り上げることにした。つまり、現時点で世界の自動車メーカーが送り出しているプロダクツに触れて、「移動空間としての良い資質」を実感した例を少し具体的に語ってみようというのである。これはすなわち、「優れたライバルを知る」ことを意味する。

 もちろん、移動空間としての基本デザインから動質までが高いレベルでつくり込まれていて、同時に工業製品としても完成度が高いことが望ましいわけだが、部分的な資質でも「これは良い」と確認できる例はある。つくり手としては、それを自分たちのプロダクツの資質を高めるものとして織り込むにはどうすればいいかを考える。これは、ものづくりの基本の1つである。

 私にとってタイヤの「師匠」だったYさんは製品開発の最前線に立っていた時にこう言っていた。「君が乗ってみてダメだと言う製品でも、何か良いところがある。例えば走らせただけでは分からない材料の選び方とかつくり方とか。つくった人々が知恵を絞ったことが見えてくる。それを自分がつくる製品に入れ込もうとすると、それは難しいんだよ」

 つくり手側だけでなくユーザー側も、市場にある製品群の中にある「良い資質」を知っておくことが、自分自身のための「1台」を選び、生活を共にする時の迷走を減らし、クルマのある生活を充実させることに直結する。

「ふつう」を実現している稀なクルマ「ゴルフ」

 こうした視点から、現時点での「ベンチマーク」となる存在は、間違いなくフォルクスワーゲン「ゴルフ」。それも日本市場に投入されているモデルの中では、1.2リッター過給エンジンを積むベーシックグレードの「トレンドライン」である。

ゴルフ第6世代の日本におけるベーシックグレード「TSIトレンドライン」。2012年2月からアイドリングストップと発電機による減速時回生を組み込んで「ブルーモーションテクノロジー」仕様が導入されている。「実用的移動空間」として今日のベンチマーク的存在なのは間違いなく、何倍ものプライスタグを付けたいわゆる高級車のほとんどよりも、自動車を操り、移動し、生活する心地よさは高い。(写真提供:Volkswagen)

 「ベンチマーク」とは、様々な評価軸において「判断の基準になる存在」、あるいはそうした判断をすること、という意味。最新のゴルフの、それもベーシックな仕様は空間設計はもちろん、静的なもの、動的なもの、様々に体験される「動質」に関して、世界のクルマの「基準」となる存在である。これが今日のクルマの評価の「物差し」になる、というのが私の、そしてクルマ選びに熟達した我が仲間たちの実感である。

 つまりクルマについて少なからぬ関心を持って語り、選ぼうというのであれば、近くのディーラーに足を運んで、短い距離であっても「味見」してみるだけの価値はある。もちろんその時には強引な加速やステアリング操作を試みる必要はない。初めて会う人物と握手し挨拶を交わす、ぐらいの感覚で普通に対話してみる。これが「味見」の基本であり、空間設計から動質までの「第一印象」はそうやって確かめた方が、より幅広くリアルなものが身体に残る。

 この「ゴルフ味見のススメ」は、私にとっての「クルマ選びの師匠」が、最近様々な所で語っていることでもある。「他のクルマを選ぶにしても、今のゴルフを知って、それを物差しにして考えなさい」というのである。