なぜか「ソース」で炒める日本の焼きそば

麺は中国、調味料は西洋、料理は日本オリジナル

2012.06.08(Fri) 澁川 祐子
筆者プロフィール&コラム概要

ウスターソースはどうやって生まれたのか

 ただ、ウスターソースの歴史を追っていてはこれだけで原稿が1本書けてしまう。なので、ここでは簡単にさらっておく。

 ウスターソースの「ウスター」は、イギリスのウスターシャー地方に由来している。

 起源にはいくつか説があり、まず1つにウスターシャー地方の主婦が作ったという説がある。余った野菜の切れ端やリンゴをコショウや辛子などの香辛料と一緒に壺に入れて保存しておいたところ、大変においしいソースが出来上がり、これが評判となって商品化された、というものだ。ただ、この説もちょっと胡散臭い。

 もう1つは、1800年代にベンガル総督だったマーカス・サンズ卿がインドから帰国した際に香辛料の利いたインドソースを持ち帰り、ジョン・W・リーとウィリアム・ペリンズという2人の薬剤師に依頼し、初の商品化に成功したという説。事実、これがきっかけで世界的なソースメーカー、リーペリン社は設立されている。

 さらに、日本の醤油をヒントにソースが作られたという説もある。ソースを開発する過程で醤油を使ったという記録も残っているため、この説もあながち事実無根とは言えまい。

本場から離れていった日本のウスターソース

現存する最古のブランド「イカリソース」。2010年にリニューアルされた「イカリソースレトロ150」は、昭和30年代のレシピを再現。確かに昨今売られているウスターソースよりもサラサラしていて、香辛料がピリッと利いたさわやかな味わいだ。

 いずれにせよ、ウスターシャー地方で生まれたソースが幕末から明治にかけて日本に輸入され、その存在が知られるようになったことは確かだ。

 1872(明治5)年刊行の敬学堂主人著『西洋料理指南』では、ソースのことを〈醤油ナリ。此品ハ我國ニ有セズ我醤油ヨリ上品トス〉と記している。「醤油」と称されているように、最初にソースの製造に乗り出したのも、醤油メーカーであった。

 ヤマサ醤油は1885(明治18)年、日本初のソース「ミカドソース」を発売。「新味醤油」とのキャッチコピーで売り出したが、まだ一般には受け入れられず製造中止となった。

 ソースの製造が盛んになるのは、1894(明治27)年に大阪の越後屋産業が「三ツ矢ソース」を発売してからだ。この人気に乗じて1896(明治29)年、大阪の山城屋(現イカリソース)が「錨印ソース」を発売。

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1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。


食の源流探訪

日本人が日常茶飯としている定番食。あまたある食べものの中で、
なぜそれが定番になり得たのか。どのように日本化されていったのか。
「新・日本食」の源流からの流れを、歴史をひもときながら考察する。