なぜか「ソース」で炒める日本の焼きそば

麺は中国、調味料は西洋、料理は日本オリジナル

2012.06.08(Fri) 澁川 祐子
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 もちろん、その頃の日本にも焼きそばそのものは存在していた。

 中華街には、広東省出身者が多い。広東省といえば、中国の中でも焼きそば文化が発達した地域だ。醤油味のシンプルな炒めタイプから、具がたっぷり入ったあんかけタイプ、米麺を使ったものもある。具も海鮮、肉、野菜とバラエティに富んでいる。これら中華料理としての焼きそばは当然、日本にも入ってきていたのである。

 だが、当時はまだ中華料理店のメニューにしかなかった。先に述べたように、そもそも中華麺自体が広く普及したのが関東大震災よりも後のことである。つまり、“ソース焼きそば”が誕生したのは、少なくともラーメンの大衆化以降、大正末期以後と考えられる。

キャベツの水分で味が薄まるからソースで味を濃くした?

 先に引いた戦後誕生説では、以下のような理由が併記されていることが多い。

 終戦直後の食糧不足の時代、小麦粉などの材料は入手が困難だった。代わりに手に入りやすいキャベツを増やすことでボリュームを出そうと考えた。だが、キャベツを入れると水分で味が薄まってしまう。それを味の濃いソースで補おうと考えたのが、ソース焼きそばの始まりである、と。

 あまりに理路整然としていて、なんだか臭う。戦後誕生説に疑いを持ったのは、実はこれを読んでからだ。

 これまでとんかつコロッケの源流を探る過程で、ちらちらとソースの歴史を目にしてきた。ソースとは、すなわち日本流にアレンジされたウスターソースのこと。

 そこで知ったのは、洋食が一般に広まった明治時代末期から日本人はソースが大好きだったという事実だ。ごはんにウスターソースをかけただけの「ソーライ」なるものが学生たちにもてはやされたのは、昭和の初めのことだ。

 味が薄まるからソースを使う、という消極的な理由ではなく、もっと積極的にソースを使い始めたのではないか。ソースの人気っぷりから、直感でそんなふうに思ったのだ。

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1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。


食の源流探訪

日本人が日常茶飯としている定番食。あまたある食べものの中で、
なぜそれが定番になり得たのか。どのように日本化されていったのか。
「新・日本食」の源流からの流れを、歴史をひもときながら考察する。