リーマン・ショックからV字回復を果たし上海万博に沸く中国が、国家を挙げて注力している開発計画がある。いまはまだ「世界最大の空き地」だが、これからどう変貌を遂げるのか。現地を見てきた。

20世紀最大の震災からの復興

 北京から高速道路に乗って東へ車で約3時間。中国河北省東部にある唐山(とうざん)市は、地名の通り唐の時代から開けた歴史のある街だ。西太后など歴代の清王朝の人々が眠る世界遺産、清東陵もある。渤海湾の中心部に位置し、南は海に面し、北は万里の長城が伸びる燕山が控え、西は北京と天津に通じ、東に秦皇島がある。

 土地は肥沃で果樹栽培も盛ん。日本で天津甘栗としておなじみのあの小粒の栗は、この地で栽培された「京東栗」である。「唐山焼き」と珍重される陶磁器の生産地としても名高い。近代に入ってからの100年間は、中国有数の規模を誇る開灤(かいらん)炭鉱を中心に鉱工業都市・港湾都市としても栄えた。

24万人以上が犠牲となった唐山地震から30年 - 中国

唐山大地震から30年。発生した午前3時42分で止まったままの時計〔AFPBB News

 1976年7月28日午前3時42分。寝静まったこの街をマグニチュード7.8の直下型地震が襲う。市街地を北北東から南南西に走る断層に沿って亀裂が入り、大きな水平右ずれが発生。主だった建築物はすべて倒壊し、大量の死者が出た。日本人も火力発電所建設のために派遣されていた日立製作所の社員3人が犠牲になったという。

 当時の中国は文化大革命の真っ只中。地震の情報が公表されたのは発生から21時間後。外国からの援助申し出も「自力で立ち直る」と拒否し、犠牲者の拡大を招いた。公式発表は24万人だが、実際には60万から80万人、もしくはそれ以上の死者が出たとも言われている。20世紀最大の震災とされる「唐山大地震」である。

復興の象徴、唐山南湖エコタウン

高台から見下ろす「唐山南湖」。湖の一帯は公園として市民の憩いの場になっている

 それでも街は中国の改革・開放経済の進展に比例して次第に立ち直った。復興の象徴は市内南部に位置する「南湖公園」だ。全体面積が1300ヘクタール(約105平方キロメートル)もある中国最大の公園で、高台から見下ろすと海かとみまがう広大な湖の周りを広葉樹の林が取り囲んでいるのが分かる。

 湖の中心部に位置する約30平方キロメートルの浮島あたりは、もとは開灤炭鉱で石炭採掘をした後の廃棄物集積場だった。湖面にも一面にごみが浮き、汚水が渦巻き悪臭も漂っていたという。