1970年代頃から今日に至るまで、この40年ぐらいのロシアの現代音楽を聞くと、本当にすごいですよ。これだけの音楽が生まれていたにもかかわらず、ほとんど世界で知られなかったんですが。

 特にワレンチン・シルヴェストロフ(1937~)なんていうのは、極めつきの甘さなんだけど、ただ甘いだけじゃなくて、宇宙のエーテルの中に包まれているような心地良さがありながら、遠い世界ではやはり人間の悲惨な出来事が起きているような感覚を書いてますよ。

 我々が生きている現実を宇宙化する感じの、なんとも言えない感覚の世界です。シルヴェストロフの「交響曲第5番」なんて、ぜひ聞いてみてほしいですね。

抑圧されているからこそ人間の情念は生きる

──ソビエトでは共産主義体制で人々が抑圧されている中で、世界に影響を与えるような素晴らしい芸術が数多く生まれました。抑圧されているにもかかわらず、なぜソビエトで芸術が花開いたのでしょうか。

亀山 そもそも抑圧されないと人間はダメなんだと思いますよ。抑圧されて、手枷、足枷に縛られていたからこそ、ショスタコーヴィチもプロコフィエフもすごい曲を書けたんじゃないでしょうか。

 共産主義体制の中で曲を書こうとすると、権力の横やりが入り、自分が表現したいものに対して妥協を強いられます。つまり、本当は社会主義なんて信じられない、音楽的な理想を実現したいと考えていても、現実的には社会主義の理念を反映しなければいけないし、民衆にも音楽を届けなければならない。

 自分と、自分が書こうとしている音楽の間は、ものすごい熱愛関係にある。それなのに、その熱愛関係に権力が割って入ってくるんですね。そういうある種の「三角関係」のようなところで、初めて人間の情念は生きるのではないでしょうか。