国債利回りの急上昇に象徴される財政危機が長期化・深刻化しているギリシャは4月23日、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)に対して、ついに金融支援を正式要請した。ユーロ圏で最大の経済規模を有するドイツのメルケル政権は、国内世論で反対意見が多数を占めるギリシャ支援策の実行を、何とか5月中旬以降に先延ばししたかったものと推測される。それは、連立与党が敗北すれば州代表で構成される連邦参議院(上院)の過半数を失うことになる重要な政治イベント、ノルトライン・ウェストファーレン州議会選が5月9日に控えていたからである。だが、市場はそうしたドイツの国内事情優先の思惑を、ギリシャ国債の売り浴びせという「力技」で押し切り、支援策の早期発動に追い込んだ。

 レーン欧州委員(経済・通貨問題担当)は4月23日のG20財務相・中央銀行総裁会議終了後の記者会見で、EU・欧州中央銀行(ECB)・IMFは5月初めまでに450億ユーロ規模のギリシャ支援策に関する作業を完了するだろうという見通しを示した。ギリシャのパパコンスタンティヌ財務相は同日、EUとIMFによる支援策の第1弾が5月19日までに実施されるだろうと語った。しかし、市場がギリシャ国債やユーロを買い戻した幅は、限られたものにとどまった。理由はいくつもある。

 まず、ドイツ議会の動向に不透明感がある。ギリシャに対する金融支援はユーロ圏16カ国のうちギリシャを除く15カ国の協調融資にIMFが歩調を合わせる形を取るわけだが、この15カ国による協調融資が実現するためには、すべての国の賛成が必要である(つまり各国が拒否権を有していることになる)。ドイツは政府系金融機関を通じた対ギリシャ融資の準備を開始しているが、同国の議会が承認しない場合には、この協調融資は手続き上、頓挫してしまうことになる。メルケル首相はユーロ安定のためギリシャ支援を行うことでウェスターウェレ外相(連立のパートナーでありギリシャ支援に慎重な立場を取っている自由民主党<FDP>の党首)と意見が一致した、と発言。ショイブレ独財務相はギリシャ支援策の迅速な承認を協議するため、4月26日に有力議員と協議を行うと伝えられている。

 また、ギリシャに対する金融支援の規模は、現在の枠組みである最大450億ユーロでは足りないのではないかという見方が、市場では根強い。米ウォールストリート・ジャーナル紙は4月20日、ウェーバー独連銀総裁が前日の国会議員との会合で、「ギリシャが財政破綻を回避するには支援額を800億ユーロへ増額する必要があるかもしれない」との見解を示した、と報じた。これは市場にギリシャ国債売り材料をわざわざ提供するかのような不用意な発言であり、次期ECB総裁の最有力候補でもあるウェーバー総裁は、その後釈明した。だが、ギリシャ政府が強行している財政緊縮策が経済成長率の低下を通じて財政事情を悪化させる可能性や、EU統計局(ユーロスタット)が4月22日に2009年のギリシャの財政赤字をGDP比12.7%から13.6%に上方修正した上で同国の経済データの質に懸念を表明したこと、断続的なゼネスト発生が示すギリシャ国民の忍耐の限界、さらには通貨統合に参加しているがゆえに通貨下落に頼った経済立て直しという道筋がギリシャの場合は封じられていることなど、ギリシャが当面の資金繰りのヤマ場を乗り越えたとしても中期的には行き詰まるだろうという見方は根強い(4月9日作成「ギリシャ国債の対独スプレッドが再び急拡大」参照)。来年以降にEUとIMFが追加の金融支援を余儀なくされるだろうという見方のほか、ギリシャが債務の再編を迫られるのではないかという見方も一部で浮上している(ドイツの財務次官は事実無根であるとして否定している)。

 そして何よりも重要なのは、今回のギリシャ支援策実行は、欧州通貨統合がはらんでいる制度的欠陥、すなわち金融政策はECBの下で単一だが、財政政策は各国の主権を尊重する形になっているという統合の不十分さ・弱点を解決するものではなく、単に当面の危機を乗り切るための方策にすぎないということである。メルケル独首相は、今回ギリシャに対する支援に動くにあたって、「通貨ユーロの信認を守ることは、ドイツ政府だけでなく、すべてのユーロ加盟国にとって最も重要なことだ」と、その理由を説明した。しかし皮肉なことに、そのドイツがギリシャ問題で国内事情を優先してきたことも手伝って、市場はユーロに対する信認を大きく低下させているのである。

 トレモンティ伊経済・財務相はG20財務相・中央銀行総裁会議が終了した後の記者会見で、ギリシャ支援策の実行について、次のように述べたという(ロイター)。

「もし近所の家が火事になったら、たとえ小さい家で、その家の過失であっても、火事を無視しない方がよい。消火器があれば、それを使うべきだ。われわれがやったのは、そういう事だ」

「そうしなければ、火事は近隣の家に燃え広がる。大きな家もそうなる。これはドイツのことだ」

 「小さな家の火事」は、最大450億ユーロの金融支援策実行によって、本当に鎮火するのだろうか。市場は、いったん消えるだろうということにさえ、懐疑的であるように見える。それほど、今回のギリシャ危機をきっかけにユーロの信認が傷ついた度合いは大きいということである。ユーロ/ドル相場のユーロ高ドル安方向への戻りは鈍く、1.30ドルを試す方向に動いていくだろうと、筆者は予想している。