本屋をブラブラと歩いていて、人を喰ったようなバカバカしいタイトルに目が釘付けになった。しかも、ふざけたタイトルとは裏腹に、イケメン侍が涼しげな表情でなぜか素手でプリンを持っている。インパクト120%の表紙。ほとんど無抵抗に「ジャケ買い」してしまった。

ちょんまげぷりん
荒木 源、小学館文庫、600円

 東京・千代田区の小さな会社でシステムエンジニアとして働く遊佐ひろ子。離婚して、息子と2人暮らし。ある朝、通勤途中に昔の人の格好をした不思議な男を見かける。しかし、「朝起きて、子どもにご飯を食べさせ、化粧して身支度して、保育園に子供を送り届け、遅刻しないように会社にたどりつく」というのは、シングルマザーにとってはスリリングな一大アドベンチャー。立ち止まって、いちいち深く考えていたりなどする暇はないのだ。

 昼間は仕事に追われ、イヤミを言われながら会社を定時退社して、保育園のお迎えに滑り込む。息子の手を引いてマンションのエントランスに帰りついた時、すっかり忘れていた昔の人の格好をした不思議な男と再開する。

 その人物・木島安兵衛は、昔の人の格好をしていたわけではなく、180年の時を超えて、江戸から東京へとタイムスリップしてきたホンモノの昔の人だった。

 かつて、「ラブコメの女王」と呼ばれたメグ・ライアンが主演した「ニューヨークの恋人」(2001年、ジェームズ・マンゴールド監督、日本公開は2002年)を彷彿させる。19世紀の超ハンサム公爵がマンハッタンにタイムスリップして、美人なキャリアウーマンと恋に落ちるのに対して、どうにもさえない風体の下級武士(表紙の安兵衛は過剰にイケメンに描かれているだけで、物語の設定とは異なる)とお疲れ気味のシングルマザーの物語は下世話で親しみが持てる。

 当然のことながら、安兵衛はなぜ現代にやってきたのかも分からないし、高層ビルも、テレビも、インターフォンも、電車、スーパーマーケットも全てが不思議。タイムスリップする直前までは、武家社会にどっぷりと浸かって生きてきただけあって、大切なものは「上様」と「刀」。女であるひろ子が名字を持っていることも、仕事に出なければならないことも理解できない。

 しかし、安兵衛は「ただで居候」させてもらうことを潔しとせず、家事や息子の世話など「うちむきのこと」全般を引き受ける。

 そこから、安兵衛の才能が開花する。生真面目、几帳面な性格が奏功して、廊下は鏡のように磨きあげられ、料理を作らせれば天才シェフのごとし。特に、お菓子作りには並々ならぬ情熱を注ぐ。そして、ひょんなことがきっかけで、安兵衛の才能が認められ、現代の東京でとんとん拍子の「出世」を成し遂げてしまうのだが・・・。

ふしぎの国の安兵衛
荒木 源、小学館、1260円

 大真面目に読んではいけない。ストーリー設定の甘いところも満載だが、「どうせ非現実なら徹底的に非現実に」という勢いに乗って、一気に読める。バカバカしくも楽しい半面、「働くことの喜び」や「ワーク・ライフ・バランス」など、極めて、今的な課題についても考えさせられる。東京の生活に馴染んでも、いちいち「ござる」を付けてしゃべる安兵衛のキャラクターもかわいく、読後感、すがすがしき一冊。

 ちなみに、この本が単行本として出版された時のタイトルは『不思議の国の安兵衛』。インパクトが無く、そのタイトルのままだったら、決して私がこの物語に巡り合うことはなかっただろう。『ちょんまげぷりん』に改題したセンスに拍手!