日本には陸続きの異国がないため、日常的に「国境」を意識することは少ない。我々日本人にとって、国境とはほとんどの場合空港そのものであるが、日本のような島国でなければ多くの場合は陸路であり、それは大概、難関である。

タジキスタン、ウズベキスタン国境に突然セリーヌ・ディオン

ウズベキスタンの観光都市、サマルカンドにそびえ立つイスラム建築

 EUのように域内であれば自由に行き来できるところもあるが、むしろそれは例外で、9・11米国同時多発テロ以降、どこも検問は厳しくなるばかりである。

 2004年7月、中央アジア、旧ソ連のウズベキスタンとタジキスタンの国境検問所。荒涼とした山間部の一本道にあり、聞こえる音は風や降り出した雨の音ばかり。どうせまた面倒なことを言われるのだろうと考えつつ中に入ると、英語の女性ボーカルが聞こえてくる。

 セリーヌ・ディオンではないか!

 空港などでもそうだが、一般にこのような場では音楽はないか、あっても単調な旋律の存在感のない曲というのが相場である。ましてや難関であることが周知の旧ソ連圏。まさか、親米であることを示そうとしているわけではないだろうが、場にそぐわないその曲は係官の机上にある埃まみれのコンピューターから聞こえてくる。

 もちろん、だからと言って甘いわけでもなく、無表情の係官が担ぎ屋っぽい地元の人を何やらどやしつけている。そこに、マライア・キャリー、ジャネット・ジャクソン、と流行のバラード曲が鳴り続ける光景は異様でさえある。

オサマ・ビン・ラディンを知らない地元の人々?

 私の番になっても、何か聞かれるわけでもなく、時間だけがどんどん過ぎていく。最後に顔を確認してチェックは終わり、無罪放免だ。

 こうして広くもない建物の出口付近にようやく到達すると、そこにはオサマ・ビン・ラディンの指名手配書の貼ってある掲示板が・・・。こんなもの見たのは後にも先にもこの時だけだ。

 アフガニスタンに接する両国であるから当然と言えないこともないが、世界一の有名人と言ってもいい、世界中のマスコミを賑わせている顔を知らない人などいるのだろうか?とは思うものの、このあたりでは新聞もテレビも見ない人も少なくないから、かえって知らない可能性もあるわけで、何とも世界とはいびつなものである。

 中央アジアといえば、日本人にとっては、シルクロードと一体化したイメージがあって、文化的雰囲気を期待して団体観光客も多く訪れるが、三蔵法師という仏教のイメージで来てみても見るものはイスラム建築が大半だし、文字もキリル文字だったりするから、結局ここがどういうところなのか分からずに帰ってしまう人も多いようである。