戦艦大和の長官室に、1枚のじゅうたんが敷かれていた。職人が丹念に手で織り上げた、世界にたった1枚しかないドアマットだった。

 そのドアマットを作ったのは、山形県・山辺町(やまのべまち)のオリエンタルカーペットという会社だ。今も同じ場所に本社・工場を構え、当時と変わらない技法で手織りじゅうたんを作り続けている。

オリエンタルカーペット株式会社
〒990-0301
山形県東村山郡山辺町21番地

 創業は1935(昭和10)年。山辺町はもともと織物業で栄えていたが、昭和初期に恐慌の波をまともに受け、女性や子供の身売りが行われるほどに困窮したという。町内で織物業を営んでいた渡辺順之助氏はそうした状況を見て「この町に女性の働き場所を作ろう」と考えた。そこで目をつけたのがじゅうたん作りである。

 「じゅうたんを買うのは財力のある人だ。だからじゅうたん作りは安定した仕事になるはずだ」。渡辺氏は何人かの仲間とともに中国にわたり、北京からじゅうたん作りの技術者を7名、山辺町に招いた。その技術者たちの技術を導入し、手織りじゅうたんを作り始めたのが創業の経緯である。

名だたる建築物にじゅうたんを納入

昭和初期に建てられた工場の前に立つ渡辺社長

 戦艦大和の長官室に敷かれるような最高級じゅうたんを作る会社でありながら、一般的な知名度は決して高いと言えない。大々的な宣伝をしてこなかったし、何よりも同社のじゅうたんは公共の建物や商業施設に納められることが多く、なかなか個人の住宅ではお目にかかれないからである。

 納入先は日本を代表する著名な建造物ばかりだ。皇居、迎賓館赤坂離宮、内閣総理大臣官邸、日本銀行、帝国ホテル…。外国では、バチカン宮殿の法王謁見の間にも同社のじゅうたんが敷かれている。

 こうした名だたる建造物に数多く納められているのは、やはり品質の高さが評価されているからだろう。

 本社の応接室で渡辺博明社長にインタビューを行っている最中のことだ。「足元のじゅうたんは、いつ頃作られたものだと思いますか。70年前に作られたんですよ」。こう言われて思わず驚き、足元を見つめた。一本一本の毛がしっかりと立ち、まったくへたっていない。中国風の柄もはっきりとしているし、色あせていない。とても70年前に作られたものとは思えない。“本物” とはこういうものなのだと納得させられた。

1日に織り進められるのはせいぜい7~8センチ

 オリエンタルカーペットのじゅうたんは、一枚一枚を職人が手作業で作り上げている。大まかな手順は次の通りだ。

設計図の前に縦糸を垂らし、縦糸に毛糸を結びつけていく

 まず原寸大の設計図を用意し、設計図の前に大量の縦糸を垂らす。職人は設計図の指示に沿って、1マス分ずつ縦糸に毛糸を結びつけていく(右の写真)。じゅうたんには毛糸が密集して立っているが、そのすべてを1本ずつ手で刺しているのだ。まさに気の遠くなるような作業である。

 女性の肩幅ほどしかないじゅうたんでも、1日の作業で7~8センチしか織り進められない。スムーズに織り進んで、ようやく1時間で1センチほど進むという速度だ。そのかわり、工業製品よりも毛糸の密度が高く、緻密なデザインのじゅうたんが出来上がる。

 織り上がったら表面を平滑に仕上げ、最後にマーセライズ(化学艶出し仕上げ)加工を行う。マーセライズとは、じゅうたんを化学溶液に浸し、ブラッシングして磨き上げる加工のこと。この加工によって手触りと色が落ち着き、ツヤと風合いが出る。