いつの間にか味の改良が進む「緑のたぬき」

旬到来!日本そばの進化は続く(後篇)

2011.11.25(Fri) 漆原 次郎
筆者プロフィール&コラム概要

 「日本そば」にまつわる温故知新を得るため、前篇では日本そばの歴史をたどった。数千年の長いそばの歴史の中で、450年前の戦国時代にそばは麺の形になった。比較的新しい出来事といってよさそうだ。

 ここ100年で、そばを巡る大きな変革を挙げるとしたらどうだろう。屈指と言えそうなのが「即席そば」の誕生である。そばは、手打ちの生麺から、棒状の乾麺へ、そして袋やカップに入った即席麺へと発展していった。

 後篇では、スーパーマーケットやコンビニエンスストアでも見られ、国民食的存在となったカップそば「緑のたぬき」を製造・販売している東洋水産の開発者・研究者に話を聞いた。従来のそばを意識しつつも、即席麺としての風味を追究していく。開発は温故知新の積み重ねのようだ。また、東洋水産はそばを健康などの側面からも研究している。その中で、日本人に馴染みのなかったそばにも研究の眼を当てているのだ。

 日本そばの即席麺というジャンルが確立されたのは、1960年代。その新しい流れを作った商品の1つが、1963(昭和38)年に「マルちゃん」の東洋水産から発売された「たぬきそば」だ。それまで中華そばが中心だった即席麺に、日本そばのレパートリーを加えた。

 乾麺としてのそばや、味付きの即席麺のそばはあったものの、四角い袋の中にそばを入れてさらに粉末スープも別添で入れて売るというのは業界初のこと。当時の商品開発の苦労は、東洋水産の中で伝え続けられている。即席麺技術開発グループリーダーの花岡彰宏氏がこう話す。

東洋水産総合研究所次長・即席麺技術開発グループリーダーの花岡彰宏氏。

 「当時の人々にとって、そばと言えば冷たくてシャキっとしたざるそばでした。一方、東洋水産が売ろうとしていたのは温かいそば。そのギャップを埋める課題があったと聞きます」

 課題は他にもあった。即席麺は、短時間のうちにお湯で戻せるような麺の太さにしなければならない。また、そば屋のそばの色は、更科系などの高級なものは白、大衆的なものは黒と幅広い。特定のそば屋のそばをモデルにはせず試行錯誤を続け、即席麺の日本そば第1号を発売した。

 翌年の64年には、日本食糧新聞社発行の『即席ラーメン』という本に、東洋水産研究室の社員だった深川清司氏(現・同社顧問)が「たぬきそばの製法」を披露しており、こう書かれている。

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


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