糖尿病治療に結びついた醤油の酵素研究

醤油にまつわる「偶然」の物語(後篇)

2011.07.29(Fri) 漆原 次郎
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 研究者が発見をすれば、当然「論文にて発表」ということになる。ここでも一島氏の研究者としての経験が発揮されたようだ。舘教授は一島氏からこう言われた。「この論文は、日本で出さない方がいいよ。こういう素晴らしい研究成果は海外に出すものだ」

 「一島先生から、『カビは菌類だが、イギリスでは植物に分類されている。だから英国の植物学の雑誌に出しなさい』とも言われました」

 こうして92年、舘教授を筆頭著者とする「麹菌由来のXPAP(An X-prolyl dipeptidyl-aminopeptidase from Aspergillus oryzae」。というタイトルの報告が、「ファイトケミストリー(植物化学)」という論文誌に掲載された。

 もともと、舘教授が研究で追究していたのは、うま味成分をつくる酵素を探し出すことだった。そこで、この「XPAP」がどのような働きをしているのかを引き続き調べた。すると、XPAPは、醤油醸造におけるタンパク質の分解に大きく関与していることが分かった。

 醤油の製法では、大豆と小麦と麹菌からできた「醤油麹」を食塩水とともに仕込む。この段階で麹菌の酵素によるタンパク質分解が進むほど、うま味は増す。XPAPは、醤油のうま味をつくり出す鍵となる酵素だったのだ。

小腸から出ている“有能”なホルモンを壊す物質

 XPAPの話には続きがある。XPAPは生活習慣病の1つである糖尿病の鍵を握る物質と関連があることが、近年の研究で分かってきたのだ。

 ここで少しだけ、私たちの体内で日々行われている出来事の話にお付き合いいただきたい。私たちは食べものを口から摂り入れる。喉を過ぎた食べものは、食道、胃、十二指腸と順に通って、小腸へと向かう。

 小腸は、食べものが通過したことを察知すると、すかさず「GLP-1」(グルカゴン様ペプチド-1)という“有能”なホルモンを出す。

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


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