「日本の味」をつくり出しているものを挙げるとしたら、何になるだろうか。多くの人は「醤油」という調味料を挙げることだろう。

 ただしょっぱいだけではない。甘味、苦味、酸味、そしてうま味を兼ね備えた、この類まれなる複雑な調味料は、室町時代に「ある副産物」として生み出され、各地で様々な製法の改良を経て、今もなお使われ続けている。

 酒や味噌と同様、醤油も発酵食品だ。日本の高温多湿な風土で育つ「麹菌」というカビが、その風味を醸し出している。

 醤油にも「温故知新」という言葉は当てはまるようだ。古からの製法の技術が受け継がれる一方で、醤油づくりの鍵となる麹菌や、麹菌がつくる酵素に対する先端研究が進んでいる。前篇と後篇に分けて、醤油にまつわる歴史と先端科学をお伝えしたい。

 食べ物に1滴、2滴、とたらすだけで、味が大きく変わる。かといって、決して味の主役を奪うことはない。

 醤油は、甘味、酸味、苦味、塩味、そして旨味という、5つの味の成分を兼ね備えた万能調味料だ。豆腐や刺身といった食材の風味を引き立たせる。うどん、そば、中華麺のつゆの味を出汁とともにつくりだす。さらに、生卵や納豆と渾然一体化することでご飯の箸を進める。

 出汁とともに、醤油は日本の食文化を築きあげてきた。だが、醤油の歴史を見ると、そのルーツは中国大陸から伝わったとされる。

日本の醤油のルーツは中国由来の保存方法

 大陸には「醤」(ひしお)と呼ばれる保存食があった。狩猟生活だった時代には狩った獲物の肉を塩漬けにした「肉醤」(ししびしお)が、また、農耕生活が行われるようになると大豆や小麦などの穀類に塩を加えて漬けた「穀醤」(こくびしお)がつくられた。