東日本大震災から4カ月が過ぎた7月11日、たまたま新聞休刊日であったせいかもしれないが、3.11から1カ月、2カ月、3カ月という節目に比べて被災への関心が薄れていっているのではないかという感が否めない。

原発に対する国民の関心が冷めつつある

福島県飯舘村で長谷川健一さんが酪農家を営んでいた頃の牛舎

 出版関係者によると、このところ一気に店頭に並んだ原子力発電所や核・放射能に関わる書籍の売り上げも止まりつつあるという。

 しかし、被災地ではもちろんまだまだ厳しい現実に変わりなく、原発・エネルギーをこれからどうする、といった課題は粘り強く議論していく必要がある。

 この日、福島県飯舘村の酪農家、長谷川健一(58)さんと久しぶりに電話で話をした。震災後2カ月して長谷川さん宅を訪れて以来、話をするのは3回目だった。長谷川さんはこの村で長年酪農を営んできた。

 しかし、原発事故による放射線の危険から飯舘村が計画的避難区域に指定されたことなどでやむなく廃業を決意した。

 いまはまだ、長谷川さんは村内の自宅にとどまっている。「牛はすべて片づきました」と言った彼は、酪農という自分の仕事には終止符を打った。

すべての牛の処分を終えて・・・

 事故後村外に預けた育成牛や妊娠牛も前月いっぱいで競りにかけるなどして処分したという。廃業に追い込まれた長谷川さんに残されたのはもはや用のないからっぽの牛舎だけだ。

 しかし、区長としての責任感から、区内に住む54戸(205人)を村から完全に避難させるまでは、自分は家を離れないつもりだ。現在、区内の住民の約9割が避難を終えているという。

 アパートを借りるなど自分で避難先を探して移動した人もいるが、仮設住宅に入る住民については、できるだけまとまって移住するように働きかけている。

 というのは、このままただ入居可能な仮設住宅に順番に入っていけば、かつてのコミュニティーはばらばらになる可能性が高く、お年寄りたちが孤独に陥るのではないかと心配するからだ。