事実上の総選挙戦に入った7月下旬以降、「選挙と株価」に関する取材を受ける機会が増えた。「政権交代そのものが株式市場にどのような影響をもたらすのか」とか、「民主党の掲げる政策に関連して注目できる業種や企業は」――といった類の質問だ。

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 手回しの良い市場関係者からは、早速、直近10回の解散から投票日までの日経平均株価が9勝1敗(値上がりが勝ち、値下がりは負け)といったデータが流されている。過去12回まで遡れば11勝1敗とのことで、勝率9割以上ということになるらしい。

 株価には上げか、下げか、横ばいの3パターンしかない。まったくの横ばいというケースは稀なので、実質的には、上がるか、下がるかだ。今回の解散(7月21日)から投票日前最終営業日(8月28日)までの日経平均が上がるか下がるかは五分五分の確率だ。仮に、過去の勝率の高さに沿うような結果になっても、それは偶然の産物でしかない。

ナンセンスな超長期データ分析

 コンピューター技術は市場関係者に厄介なおもちゃを与えることになってしまった。以前であれば、多大な費用と時間、労力を要した検証が、あっという間にできるようになったからである。

 ウィリアム・シャープが1990年にノーベル経済学賞を受賞することになった「資本資産価格評価モデル」という投資理論の研究がある。このモデルの肝と言えるのが「β(ベータ)値」。これは、個別銘柄の市場全体との連動性を数値化したもので、簡単に説明すれば、例えばベータが1.2という銘柄はTOPIX(東証株価指数)が1上昇すれば1.2上昇し、逆に、1下落すると1.2下落してしまう。つまり、今後、全体相場が強いと予想する場合は、ポートフォリオには高β銘柄を組み込み、弱いと考えるのであれば、低β銘柄を志向すべしということになる。

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 このβ値の観測期間は基本的には直近60カ月、60個のサンプルで計算される。サンプル数が多ければ多いほど統計的には優位と思いがちだが、観測の対象である企業は絶えず変化するし、その企業を取り巻く環境、社会・経済情勢や株式市場の構造も同様である。古すぎるデータを採用すれば、却って、βの精度を低くすることになる。

 ここ数年、集計期間の長さを誇示するかのような「分析」を目にする機会が多い。半世紀を超える移動平均線が現れた時には思わず笑ってしまった。また、先達が苦労の末に編み出した、日ベースのテクニカル分析の手法である「一目均衡表」を、平気で週や月に置き換えて「月足一目均衡表」などとして臆面もなく使われているのを目の当たりにすると、呆れてモノも言えない。この分野は無法地帯の様相を呈している。

麻生代議士デビュー選挙と麻生首相退陣選挙は相関するか

 過去10回の総選挙の話題に戻ろう。麻生太郎首相が政治家デビューしたのが10回前の第35回総選挙。投票日は20年近く前の1979年10月7日。この時の総選挙期間中に日経平均が堅調に推移したからといって、それが、今回の選挙期間中の株価の動きについて何かを示唆しているだろうか。

 このところの地方の首長選挙や東京都議会議員選挙の結果や、世論調査を踏まえれば、政権交代の可能性が高いのが今次の総選挙だ。過去10回の「総括」に意味があるとは到底、思えない。

 政権交代という点を踏まえて、1993年7月18日の第40回総選挙と比較する向きも少なくない。簡単に振り返れば、この総選挙では、自民党が223議席と単独過半数を得られず、日本新党・新党さきがけを中核とする8党・会派による連立政権が誕生した。社会党は結党以来最悪の惨敗を喫し、55年体制の崩壊という意味でも、歴史的な選挙だった。

 株式市場でも、政治の変革に対する期待感が大いに高まったが、床の間を背に脇息に品良くもたれた肥後熊本藩のお殿様は、浮世の雑事にうんざりしたのか、8カ月余りでその座を離れてしまった。