「食料品と不動産価格の値上がりがひどいし、急増する出稼ぎ労働者のおかげで給料はちっとも上がらない。一体政府は何をしているのか」。ごく普通の庶民の生の声だった。と言っても、最近抗議デモや暴動が続発している中国の広東省や浙江省での話ではない。

 今や世界有数の富裕国の1つとなったシンガポールで、筆者が昨日聞いた話だ。「政治的自由を犠牲にする代わりに経済的繁栄を得る」。この鄧小平型「改革開放」路線を一足先に実行したシンガポールで今、何が起きているのだろうか。これが今回のテーマである。(文中敬称略)

SMAPのテレビCM

空中庭園「サンズ・スカイパーク」が24日にオープン、シンガポール

ちょうど1年前の6月24日にオープンしたマリーナ・ベイ・サンズ〔AFPBB News

 筆者の本業は貿易業であり、シンガポールには大切なクライアントがいる。過去6年間は年に1~2回のペースで来ていたが、今回はちょっと間が空いてしまった。

 1年ぶりで見るこの美しい箱庭国家は小国ながら実に奥が深く、いつ訪れても新しい驚きと発見がある。

 今回の驚きの第1は有名な「MBS(マリーナ・ベイ・サンズ)」だった。「MBS」ではピンとこないかもしれないが、SMAPを使ったソフトバンクの最近のテレビCMの舞台となったシンガポールの高級カジノリゾートと言えば、分かりやすいかもしれない。

 55階の高層ビル3棟の上に乗っかった「船」のような建造物に、何と豪華なプールがある。愚かにもこちらに来るまで、あのCM画像は特殊効果で作られた架空の建物だと思っていた。この「船」はクレーンで吊り上げられ、3棟のビル上に一気に据え付けられたのだそうだ。

 一大カジノリゾートを作るとは前から聞いていたが、これだったのか。今や件のカジノは大陸からの中国人客で溢れていると聞いた。

 しかし、今回最も驚いたのはMBSではなく、5月の総選挙後にあの建国の父リー・クアンユーが閣僚ポストを辞任したことである。

典型的な開発独裁

 シンガポールはPAP(人民行動党)による事実上の一党独裁であり、人口の半分を占める中国系住民が主導する多民族「開発独裁」国家だ。基本政策は「国家資本主義」、野党は存在し、言論もある程度自由だが、政治的弾圧も少なくないと言われる。

 選挙制は一応普通選挙だが、野党の立候補は容易ではないらしい。野党候補が当選すると、その選挙区は様々な「迫害」を受けると聞いた。政治的自由を認める気のない「中国株式会社」にとって、この「シンガポール株式会社」は一種の理想的国家モデルだろう。