前回、戦略性がないために、現時点でいくら技術力があっても日本の将来は真っ暗だと第8回産学官連携推進会議の旗振り役の1人、東京大学の妹尾堅一郎・特任教授は言い放った。それでは日本はどのような戦略を描けばいいのだろうか。

 少し復習すると、オープンイノベーションが大切だからと言って、闇雲にそれに突っ走るのは危険だというお話でした。成功するための青写真をきちんと描くべきだと。戦略性の差が如実に現れている事例は何かあるでしょうか。

諸葛孔明が軍配を振っていたインテル

イノベーションには軍師が不可欠になったと言う東京大学の妹尾堅一郎教授

妹尾 軒並み大きな赤字に悩む日本の半導体(電機)メーカーに対し、独り快調な経営を続けているインテル。これは、まさに戦略性の違いと言えるでしょう。

 こう言うと、決まってインテルにはマイクロプロセッサーの知的財産が豊富にあるからだろうという意見が出てきます。でも本当にそうでしょうか。実は、各社の半導体に関する特許の数を比較した研究があります。

 半導体特許と一概に言っても定義が様々なので正確な数字の比較は難しいのですが、そんな数字が意味を持たないほどの差がありました。圧倒的にインテルの勝ち。そう思う方が多いかもしれません。ところが、全く逆でした。

 日本メーカーは1社で平均して2000弱、全体では1万件以上の特許を持っています。ところが、インテルの特許は320件ほどしかなかったのです。これはどういうことなのでしょうか。

 桁違いに少ない特許しか持たないインテルが、数多くの特許を押さえている日本勢に圧倒的な勝利を収めている。三国志に例えれば、赤壁の戦いですね。今流行のレッドクリフです。大軍を擁する曹操軍にわずかな兵隊で戦いを挑んで圧倒的な勝利を得た劉備・孫権の連合軍が持っていたもの。それは天才的な軍師でした。

 インテルには諸葛孔明がいたんです。残念なことに日本の半導体(電機)メーカーには諸葛孔明どころか軍師そのものもいないという状態です。イノベーションにおける戦略が全く欠如していた。それが、日立や東芝など日本を代表する電機メーカーが軒並み数千億円の赤字を出すような状況に追い込まれた原因です。

なぜ儲からないパソコンを作り続けたのか?

 軍師がいないというのは面白い表現ですね。ではインテルの軍師はどんな戦略を立てたのでしょうか。

妹尾 まず1つが戦略的オープン化です。マイクロプロセッサーのコア部分は全くクローズにして外には決して出さないのですが、その外側でユーザーに直接つながる部分は全部開放してしまった。

 外側が開放されたために、非常に多くの企業がインテル製のプロセッサーにつながる様々な機器を開発し始めました。こうしてインテル1社だけでなく、多くのプレーヤーが参加してパソコン市場を作り出していったのです。

 ところが、インテルの軍師はこれだけでは満足しませんでした。さらに巧妙な次の一手も用意していたのです。自らマザーボードやパソコンを作って売り出してしまった。

 利益率の極めて高いマイクロプロセッサーに対し、パソコンは利幅が低い。あえて利幅が薄いか場合によっては赤字にもなる事業に乗り出すというのは、米国流の経営では本来考えられません。ゼネラル・エレクトリック(GE)の経営手法が象徴的ですが、それぞれの市場で1位か2位以外の事業は切り離すのがいわゆる米国流ですよね。ところがインテルは利幅の小さいパソコン事業に乗り出した。これは、パソコンメーカーにとってもライバルが出現することになり、プロセッサーを売るメーカーとしては禁じ手のはずですよね。