米5月雇用統計における非農業部門雇用者数のマイナス幅縮小を手掛かり材料にして、米連邦準備理事会(FRB)による年内という早いタイミングでの利上げ実施観測が急浮上。週明け6月8日に、米2年債利回りは一時1.42%まで上昇することになった。9日の取引では、3年債入札の順調な結果を足場にある程度買い戻されたが、それでも1.30%前後の水準に高止まりしている。

 構造調整圧力ゆえに景気回復力が脆弱な「低空飛行」状態の米国経済は、何らかの追加的ショックが加わる場合には、たちまち失速して「二番底」をつけにいきかねない。にもかかわらず、財政政策面での「二の矢」は、長期金利急上昇や国債格付け引き下げ懸念によって、事実上封じ込められているのが実情である。米国をはじめとするG7各国は、財政再建プランの早期提示と着実な実行を確約することによって市場のコンフィデンス(信認)を維持するという課題を突きつけられている。この間、FRBの金融政策は引き続き、その効果が不確実であることは覚悟の上で非伝統的手法を展開するという「勝算なき緩和強化」の時間帯にある。

 このような状況下で、FRBは本当に利上げに動くことができるのだろうか。言うまでもなく、筆者の考えは「ノー」である。確認のため、米国経済について以下の諸点を吟味されたい。

◆超金融緩和ゆえに将来の景気が過熱するような見通しは、まったく立ってこない(実情はまったく逆で、景気の下振れリスクが大きい)。

◆超金融緩和ゆえにインフレ率やインフレ期待が許容範囲を超えて上昇するような兆しはない(インフレ連動国債のBEI上昇は、昨年秋のショック以前の状態に戻ろうとする動き)。

◆超金融緩和ゆえに原油など商品相場でのミニバブルは発生し得るが、巨大バブル崩壊の後遺症は甚大である(次のバブルを心配するよりも、現在の危機からの脱却が急務)。

◆米国債のイールドカーブがベアフラット化するのをFRBがよしとすることに、合理的な理由付けを見出すのは困難(住宅市場を含む実体経済にも、金融機関収益にもネガティブ)。

◆米国を含む各国の政府が財政政策を引き締め方向に転換させようとするのであれば、ポリシーミックスの観点からは、景気下支えのため金融緩和を続けるのが整合的である。

 FRBのタルーロ理事は8日の講演で、次のように述べていた。

 「(景気の回復は)痛々しいほど緩慢なものになるかもしれない(Recovery may be
painfully slow)」
 「そして、経済は新たなショックに対して、異例なほど脆弱なままだろう(and the economy will remain unusually vulnerable to new shocks)」

 FRBによる性急な利上げ、ないし先走った利上げ観測浮上と長期金利急上昇こそが、FRBの恐れる「新たなショック」にほかならない。タルーロ発言を見てもなお、FRBは年内といった早いタイミングで利上げに動くと本気で予想する人は、マーケットに果たして何人いるのだろうか。

 むろん、今般の米中期債相場の急激な下落には、イールドカーブのスティープ化を狙って形成されていたポジションの解消がロスカットを巻き込んで加速したという、市場の短期的な需給要因が、かなりの程度介在していると推測される。原因が何であれ、素直な金利観にそぐわない市場金利の水準は、早晩是正されることになるだろう。

 この間、財政再建を視野に入れようとする動きが、欧州や日本でも随時観察されている。8日に開催されたユーロ圏財務相会合(ユーログループ)は、経済が成長路線に戻り次第、各国が直ちに財政赤字削減を開始すべきという意見で一致した。6月18~19日に開かれる欧州連合(EU)首脳会議で採択される予定の財政赤字削減関連の宣言の草案には、「欧州委員会が5月初旬に示した経済・予算見通しに基づくと、追加的な財政刺激策はもはや必要なく、注意はむしろ景気回復のペースに合わせた財政緊縮に向けられるべき」という文言が盛り込まれているという(6月8日 ロイター)。日本や米国だけでなく、ユーロ圏でも、景気回復の動きを後押しするような、財政面からの「二の矢」は出てこない見通しが固まりつつある(「振り出しに戻った米景気指標」を併せて参照)。

 そして日本では、9日に開催された経済財政諮問会議に、政府の経済財政改革の基本方針2009(いわゆる「骨太の方針2009」)の素案が提出されて、新たな財政健全化目標策定に向けた議論が開始された。参考資料として提出された内閣府による経済財政の中長期試算が示している財政の先行きシナリオは、これまで以上に厳しいものになっている。

 大型経済対策について筆者は、「需要の先食い」「負担の先送り」の性格が色濃く、しかも日本の国土に滞在している人口を増やす策を積極的に講じることで内需の「地盤沈下」を食い止めてデフレ構造脱却を目指していくというビジョンが見えないという、批判的な評価を下してきた。今回の素案と中長期試算を見て、そうした考え方に間違いはなかったという確信を、筆者は強めている。

 厳しい景気後退による税収の落ち込みに加え、経済対策で大盤振る舞いしたツケが回り、「今後10年以内の国・地方の基礎的財政収支の黒字化」を目標に掲げた場合、消費税率の10%への引き上げだけでは不十分で、12%への引き上げ(2011年度以降の毎年1%ずつの引き上げ)が避けられない。しかもこれは「世界経済順調回復シナリオ」に基づくものであり、名目GDPが2012年度以降、毎年+2~3%台を確保するという、人口減少・少子高齢化がじわじわと進んでいる日本経済にしては非常に高い(=現実味が非常に乏しい)水準で、しかも安定的に推移する(=景気後退による落ち込みはない)と仮定した上での話である。

 消費税率が最終的に何%まで引き上げられるかは不明確だが、上振れリスクの方が下振れリスクよりも圧倒的に高いことは間違いあるまい。そしてそれは日本経済に対して、あたかも重い「たくあん石」が上から積み重ねられるかのような、財政面からの強い下押し圧力になってくる。

 筆者は引き続き、内外で上がりすぎた長期金利は、おそらく秋以降の景気楽観論後退などを背景に、低下余地を模索する流れに変わるだろうという見方を取っている。景気楽観論は、「賞味期限付き」である。