債券市場では、10年債利回りが4月10日に1.490%、5月28日に1.500%を記録するなど、金利上昇余地を試す場面が断続的に訪れている。だが、国内投資家が押し目買い意欲を強く有している中で、そこから金利が上昇していくことにはなっておらず、総じて膠着感の強い状況にある。この先、どのようなことが起こってくるのか。念頭に置いておくべき重要ポイントを整理しておきたい。

(1)いったん上向いた景気指標のベクトルが、徐々に下向きに変わっていく。

 在庫調整の進捗による生産水準の回復には、自ずと限度がある。また、各国が実施している景気刺激策の効果には時限性があり、景気指標を押し上げる効果は、時間の経過とともに、結局は薄れていく。市場では追加経済対策を警戒する声もある。だが、国債の格下げ懸念が出てきている上に、中央銀行による国債購入の金利上昇抑制効果に限界が見えている米国や英国では、財政再建に向けた信頼感を維持することに政府の政策課題が移行しつつある。G20の場で、財政出動で国際的な協調体制が取られるようなことは、この先はもうないだろう。

 生産関連を中心に、景気指標にはおそらく10-12月期前後には、息切れ感が出てくることだろう。市場としては、先行指標の動き、例えば日本の製造工業生産予測指数の数字の並びや、米ISM製造業景況指数と関連する地区連銀景況指数の新規受注や輸出の数字などを注視する必要があろう。それら指標に息切れ感が出てくれば、株安・債券高の方向に市場が大きく動いていく予兆となる。

(2)内外物価指標の動きから、デフレ圧力の強まりが一層警戒されてくる。

 昨年夏にかけての原油価格高騰の「裏」が、各国物価指標の前年同月比に統計上これから出てくる。さらに、失業率大幅上昇と設備稼働率大幅低下が示す需給ギャップの拡大が、物価指標に着実に下落方向の影響を及ぼしてくる。日米欧の中央銀行は中長期的な期待インフレ率が安定していることを重視し、デフレのリスクは限定的なものにとどまっているという姿勢を取っている。しかし、リスクが下振れ方向にあることは明確であろう。

(3)ストレステスト結果発表で漂った安心感が、四半期決算発表を経るごとに剥落してくる。

 米金融監督当局が行ったストレステストについては、その前提となるマクロ経済シナリオが失業率急上昇など現実の経済情勢悪化ペースの速さに比べて甘いのではないかという批判や、マクロ経済シナリオと不良債権発生率とをどこまで関係付けられるのか、といった疑問が尽きない。住宅ローン、クレジットカードローン、奨学金ローンなど、各種ローンの焦げ付き率は、上昇余地を引き続き模索中。米国市場はストレステストの結果をとりあえず前向きに受け止めているが、この先、米国や欧州の金融機関が四半期決算を発表するごとに、そうした安心感は現実の厳しい数字に直面することで、剥落していくものと予想される。

(4)以上のような景気・物価状況から、内外中央銀行による追加緩和観測が強まる。

 すでに述べたような経済・金融環境のシナリオをもとにすれば、各国中央銀行の政策金利がゼロ%近くで超低位安定を長く続けるだろうという予想は動かない。米連邦準備理事会(FRB)では、長期金利急上昇との関連で何人かが「より長い期間にわたって短期金利を据え置くことについて、より強いコミットメントを行うこと」を熟考した、という(6月1日 フィナンシャル・タイムズ アジア版)。要するに、「時間軸」強化のアイデアである。同記事によると、景気回復が予想された以上に強いものになる可能性があるため、FRB高官たちは懸念を拭えないままだ、という。しかし、景気回復が息切れしかねないことが経済金融情勢の展開から今後明らかになってくる場合には、話は違ってくるだろう。

 日銀や欧州中央銀行(ECB)についても、将来の政策金利パスについての市場参加者の認識に影響を与える目的で、何らかの形で「時間軸」が導入される可能性あり、と筆者は見込んでいる。

 日銀については、2月に拡充・強化された企業金融支援特別オペ(金利0.1%・3カ月物・週1回ペースで9月末まで実施)が「時間軸」に近い効果を市場に及ぼしているという見方もあるが、期間が3カ月にとどまっていることから、ECBが現在行っている最長1年の無制限資金供給オペに比べると見劣りする。また、明示的コミットメントを行う方が、アナウンスメント効果が伴うというメリットがある。

 筆者は、国内債券相場は先行き、「頭を押さえ込まれた鯛」のようになっていくだろうというシナリオを抱いている。

 国債のイールドカーブを鯛に例えた場合、頭の部分にあたる中短期ゾーンが中央銀行の金融政策見通しからしっかりと押さえ込まれてしまうと、どうなるか。景気指標の一時的な改善や、財政赤字膨張・国債供給増加といった材料から、長期・超長期ゾーンの金利については、鯛の尾が跳ねるように、上下に大きく動く場面もあるだろう。しかし、時間の経過とともに、そうした動きは力を失っていくことになるだろう。すなわち、国債のイールドカーブは、最終的にはブルフラット化する方向にある、ということである。

 この先、10年物国債利回りが1.5%を超えて上昇するようなことがあれば、それは、日本経済の状況からみたコアレンジを超えて上振れした部分、鯛の尾が一時的に跳ね上がった部分であり、押し目買いの好機となる。秋から年末には、1%に向けて、10年債利回りは低下余地模索の動きを鮮明にすることだろう。